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2017年10月 転院

患者会で情報を得て放射線治療のため転院

免疫チェックポイント阻害剤で効果が見られなかった縦隔リンパ節の転移については、2つの選択肢がありました。手術か、放射線治療です。

しかし、外科からは「癒着のリスクなどを考えると手術は難しい」と告げられ、放射線科では「ここだけ対処してもまた他に出てくる」と治療そのものを断られてしまいました。

医師の言うことが間違っているとは思いません。でも私は放射線科の先生に言われてもなお、他の可能性を模索していました。

でもこのままでは治療ができない。そんなとき、患者会で教えてもらった病院に、再度セカンドオピニオンを受けに行きました。患者会に参加していると「あの病院だったら積極的治療をやってくれるのでは?」という情報が日々入ってくるのです。
このときも放射線治療をやってもらえそうな病院の候補が2つほどあり、そこを狙ってセカンドオピニオンに行きました。

セカンドオピニオン先の病院で現状を説明すると、医師から「うちでやるよ。お子さん小さいんだし、生きないといけないよね」とすぐに話がまとまり、結局、その後の放射線治療は違う病院で行うことになりました。


患者会に参加。生の情報が参考になった

がんについて勉強する中で、患者会は病気の先輩方もたくさんいらっしゃるので非常に勉強になります。

このコロナ渦、2020年現在の患者会は昔と違い対面での開催が難しくなりましたが、リモートだと地方の人が参加しやすくなり、より積極的な情報交換がなされています。一方で、終わった後にお茶をしに行くといった、密な繋がりができにくくなってしまったりといった不都合はあります。

私にとって患者会は、生の情報を得られるという意味で大きな存在でした。

情報収集という点では、体験談もよく読みました。自分が罹患したときに比べて、今はいろんな情報が手に入れやすくなったと思います。

癌性髄膜炎と告げられ数ヶ月後。生きていることは幸せだと実感

実は免疫チェックポイント阻害剤の投薬を始めて数ヶ月が経った頃、自分はまだまだ生きられるな、という根拠のない自信を持つようになったんです。私を後押しするように、腫瘍マーカーの数値も下がっていきました。

がんに罹患し、さまざまなことが起こりましたが、気持ちはまるでジェットコースターのよう。2016年10月に癌性髄膜炎と告げられたと思ったら、数ヶ月後にはまだ生きる希望が持てたり……。本当に生きてることが幸せだなと、より強く実感できるようになりました。
 

免疫チェックポイント阻害剤

転院

第二子誕生

会社の健康診断で肺に影が見つかったことがきっかけで肺がんが判明。転移とステージⅣが判明したものの、ガンマナイフなどの治療を経て復職。がん罹患後に社労士資格を取得し、2020年には社労士事務所も設立

鈴木裕太郎(仮名さんの体験談一覧を見る

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