胃の切除から約4ヶ月。3kmも走れなかった体で、東京マラソンへ
「もう牛丼1杯を食べ切ることはできないのかな」手術直後、食事という壁
2025年10月の終わりに受けた手術後3日間は絶食期間でしたが、私の場合は痛みとつらさで何かを食べたいとは全く思いませんでした。
4日目にぶどうジュースのような飲みものが出されて口にしましたが、すぐに気持ち悪くなってしまったのを覚えています。
入院中の食事は、少しずつ飲み物から固形物へと変わっていきましたが、入院期間中におかゆを食べることはできませんでした。
「胃を切除すると、牛丼1杯すら食べ切ることはできなくなってしまうのかな...」とその当時は思いました。
退院後は、時間の経過とともに少しずつ食べられるようになりましたが、私の場合手術後3ヶ月間は本当につらかったです。退院直後に仕事に復帰したものの、仕事中も横になって体を休めることがしばしばありました。
胃に何かが詰まっているような不快な感覚が持続し、1回の食事でご飯100gも食べることができませんでした。
医師には症状名の確認はしていませんでしたが、術後にダンピング症候群(食べ物が十分に消化されないまま短時間で腸に流れ込むことで引き起こされるさまざまな症状)が出ることがあると聞いていたので、おそらくそれだったのだと思います。
吐き気はありませんでしたが、最後の一口を食べてしまうことで具合が悪くなる経験を何度もしました。そのため、朝食・昼食・夕食に加えて、それぞれの間にカロリー摂取を目的とした栄養補助食品などを摂るようにし、1回の食事量を減らしながらも回数を増やすように工夫をしました。
私の場合、主治医から食事制限について特に細かい指示はなく、体重を減らしたくないと考えていたため、自分の判断で少量でも高カロリーなお饅頭や菓子パンなどを間食に食べました。その結果、体重が手術前と比べても1kgの減少で済みました。
手術後3ヶ月を過ぎたあたりから、胃の不快感が急激に改善しました。手術前と同じ食事量、もしくは手術前よりも食べられるようになったと思います。
「牛丼1杯を食べきれないかもしれない」とさみしく思っていたことが嘘のように、今では病気前よりも食べられているかもしれません。
「心まで、がんに持っていかれたくない」3kmから始めた再スタート
私の趣味はランニングで、2回目の入院前日までいつも通り走っていました。それは、2026年2月に開催されるフルマラソンの大会と、3月1日に開催される『東京マラソン2026』への出場という目標があったからです。
倍率が高いとされている東京マラソンの抽選結果が出たのは、胃がんの告知をされた頃で、2025年は東京マラソンの当選と胃がんの診断が重なった、忘れられない一年になりました。
けれど、実は一時期フルマラソンへの出場を諦めてしまいそうになりました。
胃がんであることがわかり、心配してくれた周囲の人から「無理しないほうが良い」「体を大事にして」と言われ続けるうちに、いつの間にか自分もその考えに同調しそうになっていたのです。
もちろん、体を優先して無理をしないという選択は、決して間違いではありません。ただ、当時の私にとっては、病気になっても心までがんに持っていかれたくないと思っていたのに、気づけば身体だけでなく気持ちまで病気に引っ張られていくような感覚になりました。
ありたい自分からかけ離れていくように思い、自分の場合は「東京マラソンに出場する」と決めました。
11月は術後で走ることは禁止されており、12月から医師のOKをもらい練習を再開しました。
手術前は10kmを難なく走っていたのに、手術後初の練習では息がすぐに上がって呼吸が続かず、3kmも走ることができませんでした。そこから週ごとに5km、7kmと距離を段階的に伸ばしていき、12月の最終週にようやく10km走れるまでに回復しました。
その後も週に何度か10kmを走り続けるうちに呼吸がつながるようになり、少しずつフルマラソンへの自信がついてきました。
2月にエントリーしていた大会は大雪で残念ながら中止となってしまいましたが、翌月3月に開催された東京マラソンでフルマラソンに初めて出場し、およそ4時間30分で完走することができました。
本当はサブ4(フルマラソンで4時間切りの意)を目標にしていたため少しの悔しさもありましたが、完走できたことは大きな自信になりましたし、主治医からも「よく走り切りましたね」と褒められました。
追加手術が決まった9月に東京マラソンへの出場を諦めていたら、この体験はできませんでした。
周囲の温かい心配の声を受け止めながらも、自分で目標を決めてできることを積み重ねたことで、東京マラソン完走という一生忘れることのない経験を得ることができました。
これも「がんを患ったことも、自分に必要な体験」と捉えて、治療とトレーニングを粛々と体験してきたからだと思います。
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