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  • その他のがん(子宮頸がん)

2019年5月 転居

夫の退院後を見据え、居住先を交通の便が良い都内へ


2019年5月、山梨県から都内に引っ越しをしました。

もともと山梨県の山奥にある、とても交通の便が悪い場所に住んでいたんです。バスも1日1本か2本。基本的には車移動がメインの土地でした。夫は車の運転をしましたが、私は免許もありません。退院後、日常生活を送る上で結構苦労するのが目に見えていました。

もし二人とも健康体であれば、そこまで致命的な問題ではなかったように思います。今までも何とかやってきたわけです。しかし、夫は既に寝たきりの状態。もし退院後に頻繁に通院したりヘルパーさんを頼むようなことがあれば、大変です。

これらのことを考慮し、車移動の必要ない土地に転居すべきと思い、都内に引っ越しました。義父からも「もし夫が他界したら、ここに住んでては困る」とも言われてましたし、転居することに。転居先は私が決めました。その地区は娘が住んでいる家からも近い場所なので悪くないなと。

夫には「退院しても生活しやすい場所に引っ越すよ」と写真を見せながら伝えました。特に反対することなく賛同してくれたので、割とスムーズに決まりました。

病院への送迎を手伝ってくれた昔からの友達

引っ越し以前は友人のサポートが大変ありがたかったです。

入院中の夫から「毎日病院に来てほしい」と頼まれていましたが、先ほども話した通り、バスも1本2本、免許もない、そんな私が山梨の自宅から毎日通院するのってかなり大変で……。そのときには、友人が夫の入院する病院まで送り迎えしてくれていました。

その子とは特別仲良しという間柄ではありませんでした。昔から、近すぎず遠すぎずの丁度いい距離感。ただ、人が困っているときに何とかしてあげたいという、気持ちの熱い友人です。私が困っているを知り、すごく手助けしてくれましたね。

彼女以外にも、30〜40年ほどお付き合いのある友人が結構いるのですが、やっぱりこの年齢まで生きてるとみんな色々ありますよね。

結婚してすぐに子宮がんになって、子宮を全摘することになったけど、今もすごく幸せな結婚生活を送ってる友人。自分のお店を持った後に脳梗塞で倒れちゃったけど、後遺症が残らなかったおかげで今も商売をやってる人。関節を痛めて手術した結果、今は杖をつきながらだけど元気に歩いてる人。本当に、色んな人がいます。

それぞれ皆、波を乗り越えて生きているから、私ががんになったと伝えたときも特別視せず受け止めてくれました。ありがたいというか何というか。そういう関係を友達と呼ぶのかな、と感じてます。

職場は公園。高齢者との会話が人生の勉強になる

引っ越しから1ヶ月後に夫が他界しました。

介護がなくなった今は、公園の管理の仕事をしながら、そのまま都内で生活しています。

仕事内容は、園内に設置する消毒液を準備したり、売店で販売するコーヒーを淹れたり、さまざまです。朝6時に家を出て、7時前には常連のお客さんにコーヒーを渡しています。朝が早いので終業時間は12時半くらい。仕事がある日の午前中はずっと公園にいることになります。

毎朝コーヒーを飲みに来る方も含めて日中は高齢の方がいらっしゃることが多いんです。そういう方々との会話が非常に勉強になりますし刺激的です。皆さん色んな人生を送ってきているから、ただ単純に話を聞いてるだけでも楽しいんですよ。それに公園って色んな人が訪れますからね。毎日変化があるので働いていても飽きることがないです。本当に恵まれた職場環境だなと日々思いますね。
 

Hatch Healthcare K.K.

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