2009年9月 手術

手術台には自分の足で向かった。抗がん剤で小さくなった乳がん腫瘍を切除

抗がん剤治療が一段落した2009年9月、乳がんの手術がありました。家族は今まで通りサポートしてくれていて、ありがたいなと思う一方、むしろ長く待たせてしまって申し訳ないなという気持ちの方が強かったです。手術を行うこと自体は治療開始時から決まっていたので、手術は私にとってがんを治すための「ただの過程」でした。ですから特段、緊張などはなかったです。

抗がん剤治療を経て腫瘍を切除

手術室には歩いて向かい、手術台にも自分の足で上がったので拍子抜けしてしまいました。一般的には後ろ開きの白衣に着替え、ストレッチャーで運ばれることが多いと思うのですが、緊張を和らげるための取り組みだとか。

手術内容は、乳房温存療法でした。手術室に入って手術台の上に寝かされると、びっくりする程の明るい照明にまぶしく思った印象があります。麻酔の先生がひじに針を刺すのに苦労していた記憶もあります。血管炎で血管壁が固くなっていたため、針が入っていかなくなっていたようです。それから麻酔科医の先生から「眠くなりますよー」と言われた後のことは全く覚えておらず、その次の記憶は「終わりましたよー」と私の顔を笑顔で覗き込む医師の姿でした。

全身麻酔から目覚めたとき、感覚的によっぽど不快だったのでしょう。カテーテルが尿道に入り、バイタルの位置もむずがゆく、電気毛布なども体に合っていなかったのか、無意識のうちに暴れていたそうです。


 リハビリの結果、生活に支障は出なくなった

手術翌日はなんとか手を挙げられる状態でした。術後は体のバランスが取りづらかったのを覚えています。リンパ節を取ったため、乳房下部に穴を空け、管を刺したままの状態でしばらく過ごしました。傷自体は痛くなかったものの、動くたびに管が動いて痛かったです。主治医に痛みを訴えると、動かし方のコツを指導してもらうと共に、痛み止めを処方してもらいました。でも痛み止めは飲みませんでしたね。痛みがずっと続く訳ではなかったので結局飲むほどではなかったです。

さらに、血なのかリンパ液なのか赤い液がその管から流れてしまい、溜まっていくのを見るのが精神的にとてもきつかった。それまでいい先生だっただけに、「リンパ液が溜まるかもしれないよ」と注意喚起してくれなかったのが若干残念で不満を持ちました。

リハビリの結果、日常生活に支障はなくなったが、マッサージは今でも欠かせない

術後は家の中で手を上げる練習などリハビリを開始。最初の半年は自分で服を脱ぐことすらできなかったのですが、着替えも含め日常生活の全てがリハビリとなり、徐々に動くようになっていきました。今では生活上の不便はありません。しかしリンパ節を切除したのでリンパ浮腫には気を付けています。独学でリンパマッサージを習得したり、バッグの形状をトートバッグからリュックに変えたり。とにかく腕に負荷をかけないよう努めました。電車のつり革程度でも、知らず知らずのうちに負担がかかっていることがあるため注意していますね。

 

がんを経験された個人の方のお話をもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。
 

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